戦国中山王圓鼎を習う(88)「不可得憚」

《氏以賜之厥命。隹又死辠、及參世、亡不若。以明其悳、庸其工。老貯奔走命。寡人懼其忽然不可得、憚々業々、恐隕社稷之光。氏以寡人許之。、克又工智旃。詒死辠之又若、智爲人臣之宜旃。》

《是れを以て之(これ)に厥(そ)の命を賜ふ。死罪有りと雖も、參世に及ぶまで、若(ゆる)さざる亡し。以て其の徳を明らかにし、其の工(功)を庸とす。吾(わ)が老貯、奔走して命を聽かず。寡人、其の忽然として得べからざるを懼れ、憚々業々として、社稷の光を隕(おと)さんことを恐る。是を以て、寡人之を許せり。謀慮皆従ひ、克く工(功)有るは智なり。死罪の若(ゆる)さるる有るを詒(おく)り、人臣爲るの宜(義)を知るなり。》

○「不」:8回目になります。第一画の長さは▽部の幅に揃えて書きます。ちなみに、中山三器の場合は「不」の字はすべて肥点は入らないのですが、「不」を含む「否」には肥点を入れています。また、中山王諸器の兆域図の場合は肥点ではなく横画を入れた字形になっています。

○「可」:祝祷の器「」(さい)を木の枝「」(か)で打ち、神からの託宣を促す形。その結果、神からの許可が下りるわけです。ちなみに、「攴・攵」(ぼく)は木の枝を手で持つ形で、やはり刺激を与えてある結果を促す場合に用いられます。始筆の曲がった部分は中山篆特有のものですが、細くなった梢を想起させます。

○「」(㝵・得):「貝」と「又」(ゆう)からなります。財産となる貝を獲得する様をあらわしています。戦果など行きて(赴きて)獲得する場合は「彳」(てき)がついて「得」となります。ここでは「貝」の2本の脚がありませんが、単なる貝の割れ目を表現する上での違いで、中山三器の円壺にある「貯」字にも脚を省略した字例をみることができます。

○「憚」:「はばかる・いむ・おそれる・いかる・おどす」など様々な意をもつ字で、音は「たん・だん・た」。「單」(たん・せん・ぜん)が声符で、「憚々」(たんたん)とは畏れおののく様。続く「々」も同様に畏れる様です。中山王が相邦(家臣の長・相国に同じ)の貯の獅子奮迅の功績を認めながらも、策命を受けようとしないことにもしや国を去るのではないかと危惧している部分です。「憚」の春秋期以前の古い字形を知ることはできず、同戦国期の郭店など楚簡にこの系列の字例を認めるのみです。「單」は羽などの飾りをつけた楯の形です。ところで、春秋晩期の蔡侯匜にある「單」字をみると、この飾りどうしをつなげている部分の形が前回(87)の「懼」の字形に影響を与えているのはほぼ間違いないのではと思われます。

[字通]単  をもとに作成