戦国中山王圓鼎を習う(75)「列城數十」

《於虖、攸(悠)哉天其又(有)刑、于在厥邦。氏(是)以寡人、(委)賃(任)之邦、而去之游、亡遽惕之(慮)。昔者(吾)先祖(桓)王、邵考成王、身勤社稷、行四方、以□(憂)勞邦家。含(今) (吾)老賙(貯)、親䢦(率)參軍之衆、以征不宜(義)之邦、奮桴振鐸、闢啓封疆、方數百里、剌(列)城數十、克敵大邦。寡人庸其悳(徳)、嘉其力。氏以賜之厥命。》

《於虖(ああ)、悠なる哉。天其れ刑すること有り、厥(そ)の邦に在り。是れ以て寡人、之の邦を委任して、去りて之(ゆ)き游ぶも、遽惕(きょてき)の慮亡し。昔者(むかし)、吾が先祖桓王、邵考成王、身づから社稷に勤め、四方を行(めぐ)り、以て邦家に憂勞せり。今、吾が老貯、親しく参軍の衆を率ゐて、以て不宜(義)の邦を征し、桴を振ひ、鐸を振ひ、邦疆を闢啓すること、方數百里、列城數十、克(よ)く大邦に敵(あた)れり。寡人、其の徳を庸(功)とし、其の力を嘉(よみ)す。是れ以て之(これ)に厥(そ)の命を賜ふ。》

「剌」(らつ・れつ)(列):「列」に通仮させています。「剌」はものを束ねて中に収める形「柬」(かん)と「刀」からなり、束ねられたものが解かれて散らばった様でしょうか。「刀」が「刃」になることはよくみられるものです。「刀」で断首された「」(れつ)を列べる様をあらわす「列」よりは穏やかですね。

「城」:(64)にある「成」のまさかりにつけた飾りの下に、肥点を共有する形で「土」(横画を1本)を加え「城」としています。ここで注意することは肥点の位置が下に移るということです。「城」の字は「土」に従うものと、城壁にある望楼に従うものとがあります。

 」(數):前回に続いて2回目です。詳細は前回のものを参照してください。

「十」:2回目です。甲骨文では同じ1本の線でも横画を「一」、縦画を「十」として区別していましたが、亀甲を用いた占卜で甲羅の裂け目と思われる「甲」も縦画1本であらわすことがあり、金文では「十」の縦画に肥点を加えるようになっていきます。なお、現在の活字「十」の形は甲骨文・金文では骨を切断する形である「七」となります。