戦国中山王方壺を習う(102)

々 (祗々)翼(翼々)(昭)告」   祗々翼々として昭かに(後嗣に)告ぐ

」(祗):この字は「甹」(ヘイ・テイ)に含まれる祭礼の儀で用いる器が上下逆さまに重ねた形で、おそらく甑(こしき)の類かと思われます。つまり、「甹」では同形の礼器を2つ横に並べるのに対し、上下に重ねた、配置を異にする関係となります。そのことは、西周晩期の史牆盤などで確認することができます。また、春秋期の蔡侯器では上下かつ互いに逆さまに重ねた「由」形の礼器の間に、両手または「君」に含む神杖が加えられていて、中山篆の「」の様な構造はそれらの譌変を経たものと推測できます。下部の「而」も本来の「而」ではないことを示すかのように、4本の脚尾に横画を添えています。なお、字形では「祗」の構成素とは結びつかず、「テイ」の音通によって後に「つつしむ」意の「祗」が充てられたと考えられます。

「翼」:「羽」と「異」とからなります。「羽」は左右反転していますが、明らかに羽根の形で、対称性を狙った意匠。「異」は異形の神の姿で「イ・ヨク」の声をもちます。上の「祗」と同様に重文記号を補うべきと思われます。「祗々」と「翼々」のどちらも「つつしむ」で「祗々翼々」は「つつしみ深い」となります。中山諸器では唯一の字例です。

卲(昭):2回目です。

「告」:木の省形と祝禱の器「」(サイ)とからなる字です。祝禱の器を高い標木につけたものが「才」です。中山篆では「」を「者」の「曰」と同じようにすることがあり、他には「古」と「否」でみることができます。