戦国中山王方壺を習う(41)

「又(有)(輟)息ム(以)」 輟息有る(亡し)。以て

「又」(有):4回目です。

」(輟):この字は中山諸器の中で唯一の字ですが、構成素が多く、隷定に関しては所説紛々にして特定に至らない例の一つといえます。「河北省平山県戦国時期中山国墓葬発掘簡報」は「やめる」意を持つ「輟」とし、白川静氏もその説をとっていますのでここではそれに順うことにします。この他、李學勤氏は「舎」あるいは「窮」とし、于豪亮氏は右旁を「牽」の異体字とし、また、「遹」の金文体に「矞」部が両手に作るものがあり、それが変形したと思われる雨冠に作る異体字が「矞」にはあって、中山器の字形によく似ています。車や人も「辶」に関連するものです。この「遹」は説文に「回辟(避)なり」とありますが、「矞」の「ただす」意を持ってなる字ですから、「遹息」とは安息や休息の意になるものと思われ、この比定についても首肯できるようにも思えますが、構成素「牛」をどう理解すればよいか、依然として疑問点は残ります。

「息」:これも中山諸器にあっ唯一の字例です。鼻の象形「自」と「心」からなり、鼻息によって呼吸することを示す字です。

「ム」(以):8回目です。