「君」:聖職者の杖である「尹」と祝祷を収める器「さい」からなる字。中山国の篆書は左右対称になっていますが、本来は手に杖を持つ形です。
「子」:おさなごの形。古い字形は頭を大きくしていますが、ここでは八頭身美人のように小さく収め脚の長さを強調しています。
「徻」:子徻とは戦国期の燕王「噲」(かい)(在位 前320~前314)の名で、文献には「噲」の字を用いています。「會」は甑(こしき)に蓋をした形。春秋晩期の沇児鐘(えんじしょう)銘には「會」と「しんにょう」からなる字を「會」の意で用いています。このように、この時代はおおらかな通用のほか省画や変形そして装飾がみられます。「會」の下部は旁の中心を揃うことよりも偏旁の間隔が空いてしまうことを避けたようです。しかし、方壺の2例の通りに旁の中心を整えるほうが良いと思います。
「睿」:「睿」と「見」からなっていますが、「睿」や「叡」の異体字と思われます。「深い・あきらか」の意を持ちます。なお、字通では、「睿」の上部を「面を覆うている帽飾」としていますが、この字形を見れば明らかなように、本器銘の後半に出てくる「死」を構成し残骨を表す「歺」(がつ)と同源であるとみてよいと思います。