戦国中山王方壺を習う(87)

「其老(策)賞   其の老を(して仲父を)策賞(せしめ、)

「其」:7回目です。

「老」:長髪の人の側身形である「耂」(おいがしら)と屍体である「」(カ)からなる字です。本来は首から脚にかけて連続する線が、中山篆では分割された形になっています。

」(策):「」(セキ)は「木をさく・ときほぐす」などの意をもつ「析」に同じ。声が近い「」を「策」として音通させています。「策」は策命つまり詔書として命ずることです。

「賞」:声符は「尚」と「商」の2系があって、西周金文では「商」に従うものが主です。この「賞」は「貝」の脚部が省略されていますが、「貯」も円壺では同様に略しています。もともと「貝」の古い字形に2脚はなく、この脚をつけると「鼎」の形に酷似してしまうのです。「則」の偏は正しくは「貝」ではなく「鼎」であることもその一例です。このあたりの事情を理解すると脚を省いた「貝」が「目」と捉えられることはないでしょう。

戦国中山王方壺を習う(86)

「其又(有)勛(勲)(使)   其の勲(有るを忘れず)、(其の老を)して

「其」:7回目です。

「又」(有):6回目です。

「勛」(勲):「勛」(クン)は「勲」の古文で、円形の鼎と力とからなる会意字。力を尽くした功績に対しての賞勲を指しています。一方、「勲」の字形はもとは糸束を火によって薫染する様である「熏」(クン)と「力」からなっています。

」(使):4回目です。ここでは使役動詞として使われています。字形が歪んでいますので修正を施しました。

戦国中山王方壺を習う(85)

「天子不忘   天子は(其の勲有るを)忘れず

「天」:4回目です。

「子」:6回目です。

「不」:12回目です。上部の一画を省略することもありますが、方壺では12例中1例のみです。ちなみに円鼎は8例中3例、円壺は6例中4例となり、有無に厳恪性がないことがわかります。

「忘」:死者の屈肢の形「亡」が声符になる字です。「亡」の「人」形の下に一画加えるものもあり、円壺にその字例が認められます。

 

戦国中山王方壺を習う(84)

(創)(闢)(封)彊(疆)   封疆を創闢す。

」(創):「創」が傷の意ではなく、創始の意である場合の初文は「剏」(ソウ)になります。「剏」は鋳型に刃を入れて解体し完成した鋳造器を初めて取り出す様を表す字で、「立」の意を持つものですから、鋳型の「井」に替えて「立」を構成素とするのは理に適うといえます。

」(闢):3回目です。

」(封):「封」は草木の盛んに茂るさまや収穫した穀物の撓わな様である「」(ホウ)と土地の神「土」と手を使う行為を示す「寸」とからなりますが、ここでは「土」に替えて「田」、「寸」ではなく「又」(右手)とした形となっています。

「彊」(疆):2回目です。「彊・疆」はもと同じ字で、金文の字例では「土」を入れたり省略したりしています。「疆」は一般的に田のくぎりや国の境を表すものとして扱いますが、「彊」では「境界」の他、「強」などの意を持ちます。「封疆」とは封土の境界という意です。

戦国中山王方壺を習う(83)

「休又(有)成工(功)   休くも成功を有ち

「休」:軍門とした標木とそこで軍功を表される人とからなる字で、「さいわい・めでたい・やむ・さかん・やすらか」など多くの意を持ちます。ここでは「めでたくも」の意となります。

「又」(有):5回目です。本来は右手の象ですが、金文では左右の「右」、有無の「有」、保有・敷有の「有」、佑助(たすける)の「佑」、侑薦(すすめる)の「侑」に用います。後に左右の「右」としては使われなくなります。中山篆では左右の「右」には「」(サイ)を加え、有無と保有の「有」には渦紋を加えていて「又」のみの字例は使っていないようです。

「成」:2回目です。

「工」(功):これも2回目となります。

 

戦国中山王方壺を習う(82)

「上下之軆(體)   上下の體を(定め)

「上」:2回目です。方壺では、諸侯が周王に朝見することをさす「上覲」(ジョウキン)の「上」の場合に「」を用いて尊意を示す字例もあります。

「下」:2回目です。

「之」:11回目です。

「軆」(體):「體」は「体」の旧字で、「軆」はその異体字です。ここでは「体制」の意となります。君臣の位階と上下の関係を整えた体制を定めると述べています。

戦国中山王方壺を習う(81)

「君臣之(位)   君臣の位

「君」:5回目です。

「臣」:5回目です。

「之」:10回目です。

」(位):「立」と「胃」からなります。「立」(リツ・リュウ)には「たつ・たてる・のぞむ・つくる」などの他に「くらいにつく」意もあるのですが、「位」(イ)と音通するよう同声の「胃」を含む「」を用いています。中山篆の特徴である渦紋は普通「又(有)・参・虖・身・余・爲」などのように字の外側に向かって開くのですが、ここでは字の内側に向けています。これと同じものは他に「祀」が挙げられます。

戦国中山王方壺を習う(80)

「之(救)述(遂)定   (一夫の)救うも(亡し)。遂に…を定め

「之」:9回目です。

」(救):中山諸器では唯一の字例です。呪霊をもつ獣である「求」に「戈」(ほこ)を加えた形で、「救」に通じています。「救」は呪霊をもつ獣を叩いて他者からの呪詛から救う意の字で、この場合は叩く道具が戈に代わった形です。

「述」(遂):「遂」と声が近い「述」に通仮させています。「述」の「朮」(ジュツ)は「求」と同様に呪霊をもつ獣で、これによって道路の修祓除霊をする様を表した字が「述」となります。なお、「朮」には「おけら」の意もあり、穴の土を手で掻き出す象と見れば、手「又」の間にある2点と下の左右にある2点は掻きだした土片と見ることができます。後に、「深」のところでもその関連に触れます。

「定」:廟屋や家屋を表す「宀」(ベン)と「正」とからなります。方壺のこの字形は「正」の上に横画を増やしていますが、円鼎では増画していません。

戦国中山王方壺を習う(79)

「曾亡(一)夫   曾ち一夫の(救うも)亡し。

「曾」:中山諸器で唯一の字例です。字訓は「かつて・すなわち・なんぞ」など、ここでは「すなわち」です。字形は甑(こしき)を表し、湯気の立ち上る様が「八」となり、これに蓋をしたものが「會」となります。

「亡」:2回目です。前回の「」が「ほろぼす」として用いたのに対し、これは「なし」の意で使っています。

」(一):中山諸器で唯一の字例です。「鼠」(ソ ねずみ)と「一」から構成されますが、この字の他の用例が見当たらず、詳細は明らかではありません。「鼠」の上部は特徴でもある「歯」を強調したものです。「鼠」を含む字は[説文]に19字、[玉篇]に57字、[今昔文字鏡]には異体字を含めて150以上収録されています。

「夫」:先の「大夫」の合文とした字例に続き2回目です。

 

戦国中山王方壺を習う(78)

「邦(亡)身死   邦は亡び身は死し、

「邦」:4回目です。

」(亡):音はブ。[説文]に「撫」の古文として録されている字です。「撫」が「なでる・やすんずる・したがえる」などの意を持つのに対し、ここでは音通によって「ほろぶ」意である「亡」として用いています。「亡」の字形は扇形の内部に一画入るものとそうでないものの2つのパターンがあります。なお、この直後に「亡」字が出てきますが、これは「無」の意で用いています。

「身」:3回目です。

「死」:人の残骨である「歹」(ガツ)とそれを葬り弔う「人」からなる字です。甲骨文の字形では、小さくなった亡骸(歹)を慈しむかのように跪いて見つめる人の姿を認めることができます。