「學曹全碑」曹全碑に学ぶ   臨書と篆刻2顆

後漢の《曹全碑》は隷書の古典の中でも八分隷の典型として知られ、隷法を学ぶ上では必須のものといえます。ただ、隷法の基本である逆筆や転折などの用筆に難があったり、線質が緩い点などがあって、個人的には《乙瑛碑》、《礼器碑》、《張遷碑》などの方が品格が高いと思っています。とは言え、やはりその美しい姿態には惹かれるところがありますね。今回は碑文の中から、2句を選び刻しました。今回投稿したのは、それを含む部分の臨書と並べて作品にしたものです。書刻同源。書と印を組み合わせた作品表現はここ10年来、模索しながら取り組んでいるものです。

「先意承志」(鑿印風)何も言わずして意を察し、その望むところを為すこと

「易世載徳」(中山国篆)代々に渉(わた)って徳を承け継ぐこと

臨書部1
臨書部2
先意承志
44㎜×44㎜
易世載徳
79㎜×49㎜

「解文字飲」  韓愈「酔贈張秘書」より 

《酔贈張秘書》は中国唐代中期を代表する士大夫韓愈(768~824)の詩。張秘書に招かれた酒宴の席で、自身の詩人としての興懐を詠んだものです。

その中の「不解文字飲」は堕落頽廃した長安の富貴族を批判した部分。「文字飲」は「琴棋詩酒」とある様に風流を語り酒を酌み交わすことで、篆刻を嗜む者にとってはまさに掲額の語。この三字を刻した近年のものとしては、故河野隆氏の作品を思い浮かべるかもしれませんね。シンメトリックな上、疎画である「文字」は表現上の変化に苦心を強いられますし、「飲」との配置構成も難しい課題です。このような条件下では、ややもすると根拠のないデフォルメや刻線に奇抜な媚飾を加えて処理をしがち。各々の文字が本来持つ美しい貌を発揮させれば良いと考えるけれども、そう簡単にはいかないと痛感します。拙作は詩文中の「不」を取って「解文字飲」としたものです。フォルムは甲骨に求め、繁画で多彩なベクトルを有す「解」と「飲」を左右に配し、両脇から支え互いに照応するすることで中央の「文字」を活性化させる構図としました。

長安眾富兒,盤饌羅膻葷,不解文字飲,惟能醉紅裙。雖得一餉樂,有如聚飛蚊。今我及數子,固無蕕與薰。
長安の眾富兒(富貴の者たち)、盤饌(ばんせん:皿に盛られた食べ物)膻葷(せんぐん:生臭い肉や菜)を羅べぬ。文字の飲を解さず、惟だ能く紅裙に醉う。一餉(いっしょう:食事をするくらいの短い間)の樂みを得ると雖も、聚飛の蚊の如く有る。今、我及び數子、固より蕕(ゆう:悪臭を放つ雁金草)と薰(くん:かおり草)無し。

解文字飲
59㎜×59㎜

春秋晩期「者■(三水+刀)鐘」を学ぶ  臨書および篆刻3顆 (3)

前回少し触れましたが、13器現存するこの編鐘には92字(重文1を含むと93)の銘文が、15字から25字までが12器、42字のものが1器に分鋳されています。もっとも多いものが他の器から突出していることは、もともとはこの編鐘にまだ別の器があったのではないかということを想像させます。

この春秋晩期(戦国早期とも)越の「者とう(三水+刀)鐘」(※「とう」は異説あり)を収録しているものとしては、羅振玉の『三代吉金文存』、馬承源の主編による『商周青銅器銘文選』、中華書局発行の『殷周金文集成(修訂増補本)』などが拙齋にあります。それらの中では、やはり現存する13器をすべて網羅していること、各器について字数や個人蔵の名前を明らかにしている点など詳細情報を具している点に於いて、『殷周金文集成(修訂増補本)』に勝るものはありません。『三代吉金文存』には4器、わずか2器載せるのみの『商周青銅器銘文選』などは全数を12器としています。なお、『殷周金文集成(修訂増補本)』には「者とう(三水+刀)鐘」とは別に同系の「者とう鎛」が1器収載されていて字形表現上の揺らぎを確認することができます。

金石資料をもとに作品制作する場合は、同字について少なくとも数例にわたって表現上の揺らぎの幅を確認し、俗に墜ちないよう、かつより完成美に近い姿を求め、その許容範囲において意匠を膨らますことが大切だと考えています。

殷周金文集成
「そん(孫+心)學」 学にしたがう
55㎜×55㎜

春秋晩期「者■(三水+刀)鐘」を学ぶ  臨書および篆刻3顆 (2)

「者■(三水+刀)鐘」は13器の現存が確認されていますが、京都泉屋博古館が所蔵する2器のうちの一つは、陳介祺の十鐘山房蔵鐘の一つだそうです。なお、「者とう鐘」の銘文は全部で92字という難解な長文で、それらを器の大小入り混じる編鐘に分刻するのに例えば4器ほどを要しています。しかし、全てについてどれとどれをセットにしているかについては未だ解明には至らず、どうやら、編鐘の構成は13鐘にとどまらないかも知れません。しかも、字形の解釈に関しても未解明のものが幾つも存在します。そのあたり、「者とう鐘」の研究については「泉屋博古館紀要 第5巻」淺原達郎先生の論攷「者とう鐘」に詳しいので、興味がある方は是非問い合わせると良いと思います。

今回取り上げるのは、春秋晩期「者■(三水+刀)鐘」の銘文から選んだ3作品のうち2顆。「虔秉丕経徳」(つつしみて、ひけいのとくをとる)を2つに分けて刻したものです。

① 「虔」(ケン・つつしむ)

② 「秉丕経徳」(丕経の徳を秉る)※丕経は大いなる徳

「虔秉丕経(徳)」   京都泉屋博古館蔵 『楽器』(泉屋博古館発行)より転載
「虔」(つつしむ)
「秉丕経徳」(丕経の徳を秉る)※丕経は大いなる徳
虔(つつしむ)
虔(つつしむ)
25㎜×12㎜
秉丕経徳(丕経の徳を秉る)※丕経は大いなる徳
74㎜×50㎜

 

春秋晩期「者■(三水+刀)鐘」を学ぶ  臨書および篆刻3顆 (1)

篆書は西周晩期から春秋戦国期にかけて装飾性が帯び、各国競演の様相を呈してきます。

今回は、その時期にあって妖麗で美しい銘を持つ「者■(三水+刀)鐘」(しゃとうしょう)を取り上げます。「者■(三水+刀)鐘」は春秋晩期から戦国にかけての青銅器で、京都の泉屋博古館に2器所蔵されるほか、個人蔵が8器、中国には上海博物館と北京故宮博物院などに3器の計13器があると聞いています。つまり13鐘からなる編鐘ということになります。

ここに鋳込まれた文字は長尺で身体をくねらせるような姿態で、まるで妖気を宿すかのように異彩を放っています。下掲はその妖艶なる美を求め、臨書と刻印に臨んだものです。

者■(三水+刀)鐘 a (京都泉屋博古館蔵 『楽器』(泉屋博古館発行)より転載)
者■(三水+刀)鐘b (京都泉屋博古館蔵 『楽器』(泉屋博古館発行)より転載)
者■(三水+刀)鐘鉦銘a (京都泉屋博古館蔵 『楽器』(泉屋博古館発行)より転載)

者■(三水+刀)鐘鉦銘b (京都泉屋博古館蔵 『楽器』(泉屋博古館発行)より転載)

者■(三水+刀)鐘 鼓
京都泉屋博古館蔵 『楽器』(泉屋博古館発行)より転載
拙作「學者■(三水+刀)鐘」
拙臨「者■(三水+刀)鐘」(前)
拙臨「者■(三水+刀)鐘」(後)

旧作「遊趙孟頫赤壁賦」臨書と篆刻2顆(3)

今回は「後赤壁賦」を臨書した部分です。

1082年の旧暦七月に「前赤壁賦」を詠んでから三か月後の作。季節は冬に入り、水流が減って、河岸の露わになった岩に荒々しい水流が轟く。この詩には前詩同様に明月と酒が、そして新たに、一斗もの秘蔵の酒を差し出す蘇軾の愛妻や夢に現れた道士まで登場させ、情景の展開に華やかさを加えている。しかし、実は蘇軾は下戸であったとも、また詩の舞台は赤壁とは異なる地であったとも聞いている。これもまた一興というべきか。蘇軾の詩情に趙孟頫の清澄な風韻が重なって、まるで美しい風景画を見るかのようである。

後赤壁賦冒頭部
後赤壁賦1
後赤壁賦2
後赤壁賦3
後赤壁賦4
後赤壁賦5

旧作「遊趙孟頫赤壁賦」臨書と篆刻2顆(2)

今日は蘇軾の前赤壁賦の文中より選んだ2句2顆です。

① 「挟飛僊以遨遊」 飛仙を挟(わきばさ)んで以て遨遊(ごうゆう)し

大意:天上の仙人を脇に抱えて自在に遊んだり

② 「抱明月而長終」 明月を抱きて長しえに終えん 

大意:明月を抱きながら長寿を全うする

この2句の後、「知不可乎驟得、託遺響於悲風。」  驟(にわか)には得べからざるを知り、遺響(いきょう)を悲風に託す。と続きます。

つまり、「それらのことは即座に得られるものではないことを知り、儚き思いを洞簫(笛の一種)の悲しげな余韻にのせ秋風に託したのです」と、蘇軾の「何故あなたの吹く笛の音が悲しげに聞こえるのか」という問いに対して、人の存在を儚きものと悟った同乗の船客が答えるのです。それは都を追われた蘇軾の思いに強く共振(共鳴)するものだったに違いありません。

挟飛仙以遨遊
54㎜×54㎜
抱明月而長終
75㎜×45㎜

旧作「遊趙孟頫赤壁賦」臨書と篆刻2顆(1)

王羲之を学ぶ際に欠かせない一つは、先賢の成功例として、趙孟頫が南宋から元にかけて王羲之書法の真髄に到達していった過程と、その優雅さと格調を駆使した墨美の世界を学ぶことにあると思います。

北宋の四大家と称される蔡襄・蘇軾・黄庭堅・米芾らが活躍したその約2百年後に趙孟頫は登場します。趙孟頫が遺した墨蹟を通覧すると、米芾たちが遺した名声や影響を目にしながらも、一貫して彼らとは一線を画した独自の表現を目指していたことが窺えます。

今回は、代表作ともいえる「前後赤壁賦」を臨書したものと、文中から選んだ2句、「挟飛僊以敖遊」と「抱明月而長終」の2顆です。

これら拙作は公募展に出品するためのものではなく、自らの学びの過程を振り返り自省するため「平常心」を心掛け取り組んだものです。

今日は、「前赤壁賦」の臨書部分についてご指導をお願いいたします。

遊趙孟頫前後赤壁賦
34㎝×170㎝×2
趙孟頫 前赤壁賦 國立故宮博物院(台北)

[拙臨]

前赤壁賦1
前赤壁賦2
前赤壁賦3
前赤壁賦4
前赤壁賦5
前赤壁賦6
前赤壁賦7

「道法自然」2貌

老子の象元第25の「…人法地、地法天、天法道、道法自然」(…人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る)より「道法自然」の印篆と楚簡による2貌です。

思えば、楚簡を印に応用するようになって久しい。そのためにまず楚簡各種の臨書に手がかりをもとめると、春秋戦国から秦に至る百花繚乱たる素材の埋蔵を知ることとなりました。それが自風開拓の第一歩だったように思います。

振り返れば、先師からは篆刻の学び方、実事求是の精神に触れておきながら、万事、おのれの浅学非才と社中という小社会の桎梏にもがき、己を見失いがちな時の流れに長い間翻弄されてきました。それは師の元を離れる決断を考えるようになって、漸く暗中模索のなかで始めたことでした。

模索は今も続いています。

道法自然(印篆)
23㎜×24㎜

道法自然(楚簡)
95㎜×29㎜

仏教関連2顆  「色即是空空即是色」と「斷貪瞋痴」

①般若心経より「色即是空空即是色」。

私は不勉強で、この8字印の先例を見たことがありません。「色即是空」と「空即是色」を別々に為すのは比較的容易いのですが、この8字を一つに配する章法となるとなかなか難しいものです。同字が2回ずつ使われる上に「空」が連続します。「空」は踊り字(繰り返し記号)を用いて3行構成(色即・是空空即・是色)にすると「即」が1行目と2行目で行尾に並び、「是」が2行目と3行目で横並びとなります。同字4種にはそれぞれ形に変化を加えることにも配慮しなければなりません。

拙作は、小篆を用い、「色即」を一つの文字のように工夫して、全体に安定感を持たせようと狙いました。

②仏教で、人間のもつ根元的な3つの悪徳を指す「貪瞋痴」。「貪(とん)」は自分の好むものをむさぼり求める貪欲,「瞋(じん)」は自分の嫌いなものを憎み嫌悪する瞋恚(しんい),「痴(ち)」はものごとに的確な判断が下せずに,迷い惑う愚痴のことで,三毒,三不善根などとも呼ばれています。自分の中にも巣くうそれらを断つという願いを込めた、小篆白文による作品です。

色即是空空即是色
28㎜×28㎜
断貪瞋癡
45㎜×45㎜