《酔贈張秘書》は中国唐代中期を代表する士大夫韓愈(768~824)の詩。張秘書に招かれた酒宴の席で、自身の詩人としての興懐を詠んだものです。
その中の「不解文字飲」は堕落頽廃した長安の富貴族を批判した部分。「文字飲」は「琴棋詩酒」とある様に風流を語り酒を酌み交わすことで、篆刻を嗜む者にとってはまさに掲額の語。この三字を刻した近年のものとしては、故河野隆氏の作品を思い浮かべるかもしれませんね。シンメトリックな上、疎画である「文字」は表現上の変化に苦心を強いられますし、「飲」との配置構成も難しい課題です。このような条件下では、ややもすると根拠のないデフォルメや刻線に奇抜な媚飾を加えて処理をしがち。各々の文字が本来持つ美しい貌を発揮させれば良いと考えるけれども、そう簡単にはいかないと痛感します。拙作は詩文中の「不」を取って「解文字飲」としたものです。フォルムは甲骨に求め、繁画で多彩なベクトルを有す「解」と「飲」を左右に配し、両脇から支え互いに照応するすることで中央の「文字」を活性化させる構図としました。
長安眾富兒,盤饌羅膻葷,不解文字飲,惟能醉紅裙。雖得一餉樂,有如聚飛蚊。今我及數子,固無蕕與薰。
長安の眾富兒(富貴の者たち)、盤饌(ばんせん:皿に盛られた食べ物)膻葷(せんぐん:生臭い肉や菜)を羅べぬ。文字の飲を解さず、惟だ能く紅裙に醉う。一餉(いっしょう:食事をするくらいの短い間)の樂みを得ると雖も、聚飛の蚊の如く有る。今、我及び數子、固より蕕(ゆう:悪臭を放つ雁金草)と薰(くん:かおり草)無し。